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書く力

やらなくていいことをするぐらいなら寝ていた方がいいんだもの。

老子の道徳経を分かりやすく現代風に翻訳してみた【Part3】

目次

  

第十一章 無があるから有がある

家とかコップとか鉛筆とか目に見えて形のあるものは全て目に見えなくて形のない無が

あるからこそ、その働きができるんだよ。

だから無っていうのはめちゃ重要

三十の輻(ふく)、一つの轂(こく)を共にす。その無に当たりて、車の用あり。埴(つち)を埏(こ)ねて以(も)って器を為(つく)る。その無に当たりて、器の用あり。戸牖(こゆう)を鑿(うが)ちて以って室(しつ)を為る。その無に当たりて、室の用あり。故(ゆえ)に有の以って利を為すは、無の以って用を為せばなり。 

 

第十二章 中身が一番

かわいい女の子がいると目がいっちゃうし、刺激的な音楽には耳が奪われちゃう。

うまい料理でもカロリーが高すぎだと体を壊す。

狩りをすれば心をおかしくする。

宝物を持っていると周りが泥棒に見えて心をおかしくする。

だから分かってる人はあんまり外のことで一喜一憂しない方がいいってことを分かってる。

五色(ごしき)は人の目をして盲(もう)ならしむ。五音(ごいん)は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。五味(ごみ)は人の口をして爽(たが)わしむ。馳騁(ちてい)田猟(でんりょう)は、人の心をして狂(きょう)を発せしむ。得難きの貨(か)は、人の行ないをしてを妨(さまた)げしむ。ここをもって聖人は、腹を為(な)して目を為さず。故(ゆえ)に彼れを去(さ)りて此れを取る。

 

第十三章 ぶりっ子禁止

可愛がられるっていうのは実はいいことだけじゃないよ。

心が苦しくなるようなことをわざわざ招いているようなもんだからね。

どういうことかっていうと、誰かに可愛がられるとそれを失ったときはすごい悲しいわけじゃん?

なんで誰かにかわいがられようとか褒められようと思うかっていうとそれも人間の欲なんだよね。

他人に認められたいっていう欲はみんなあるけど、行き過ぎはよくないよね。

だからリーダーになるような人は誰かにかわいがられようとしてるぶりっ子気質の人に

はあんまり任せないほうがいいと思うよ。

寵辱(ちょうじょく)には驚くが若(ごと)し。大患(たいかん)を貴(たっと)ぶこと身の若くなればなり。何をか寵辱には驚くが若しと謂(い)う。寵を上と為(な)し、辱を下と為し、これを得るに驚くが若く、これを失うに驚くが若し。これを寵辱には驚くが若しと謂う。何をか大患を貴ぶこと身の若しと謂う。われに大患有る所以(ゆえん)の者は、われに身有るが為なり。われに身無きに及びては、われに何の患(わずら)い有らん。故(ゆえ)に身を以(も)って天下を為(おさ)むるより貴べば、若(すなわ)ち天下を托(たく)すべく、身を以って天下を為むるより愛すれば、若ち天下を寄(よ)すべし。

 第十四章 無は快感

世の中にはどんなに見ようとしても見えないものがある。それを夷という。

どんなに聞こうとしても聞こえないものがある。それを希という。

捕まえようとしても捕まえられないものがある。それを微という。

この三つをめんどくさいから一ってことにする。

この一っていうのは見えないし聞こえないし触れないけど無限に広がっていて何も無い状態に戻っていく。つまり無。

無っていうのは実はすごい気持ちいい。本当の快感。

だから本当の快感を知りたければ、目に見えたり、耳で聞こえたり、物体があるものに囚われていてはだめだよ。

これを視れども見えず、名づけて夷(い)という。これを聴けども聞こえず、名づけて希(き)という。これを搏(とら)うるも得ず、名づけて微(び)という。この三つの者は詰(きつ)を致すべからず、故(もと)より混(こん)じて一と為る。その上は皦(あきら)かならず、その下は昧(くら)からず。縄縄(じょうじょう)として名づくべからず、無物(むぶつ)に復帰す。これを無状(むじょう)の状、無物の象(しょう)と謂(い)い、これを惚恍(こつこう)と謂う。これを迎(むか)うるともその首(こうべ)を見ず、これに随(したが)うともその後(しりえ)を見ず。古(いにし)えの道を執(と)りて、もって今の有を御(ぎょ)すれば、能(よ)く古始(こし)を知る。これを道紀(どうき)と謂う。 

第十五章 本当にすごい人は見た目じゃないよ 

すごい人っていうのは見た目はイマイチでも心の目はすばらしいものを持ってる。

どんぐらいすごいっていうのは言ったところでその本質は凡人の僕らには到底、理解できるようなもんじゃないと思う。

だからその人がどんな感じかっていうのをなんとなく伝えるしかない。

まずとてつもなく慎重。

どれだけ慎重かっていうと冬に川を渡ろうとしている人ぐらい慎重。

そして注意深い。

四方の国から攻められている国ぐらい注意深い。マジで四面楚歌。

そして行儀がいい。キャバクラに行ってもふんぞり返ったりしない。

ハーゲンダッツの解け始めの時みたいに心が柔らかく、まだ加工していない木のように厚みがある。

心は谷みたいに広く、どんなものでも飲みこんでいく様子はまさに雨の降った後の川みたいな感じ。

騒がしい世界を静かにしてだんだんと澄んだ世界にしていく人が本当にすごい人。

休んでいるように見えても周りを活発にしていくような人が本当に分かっている人。

すごい人っていうのは満たされるっていうことを望まない。

満たされることがないからこそ、破れてもまた新しくなることができる。

古(いにし)えの善く道を為す者は、微妙玄通(げんつう)、深くして識(し)るべからず。それ唯(た)だ識るべからず。故(ゆえ)に強いてこれが容(よう)を為さん。予(よ)として冬に川を渉(わた)るが若(ごと)く、猶(ゆう)として四隣(しりん)を畏(おそ)るるが若く、儼(げん)としてそれ客の若く、渙(かん)として冰(こおり)の将(まさ)に釈(と)けんとするが若く、敦(とん)としてそれ樸(ぼく)の若く、曠(こう)としてそれ谷の若く、混(こん)としてそれ濁(にご)れるが若し。孰(たれ)か能(よ)く濁りて以(も)ってこれを静かにして徐(おもむろ)に清(す)まん。孰か能く安らかにして以ってこれを動かして徐に生ぜん。この道を保つ者は、盈(み)つるを欲せず。それ唯だ盈つるを欲せず、故に能く敝(やぶ)れて而(しか)も新たに成る。

 

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