書く力

やらなくていいことをするぐらいなら寝ていた方がいいんだもの。

【嫌われる勇気】第五夜 「いま、ここ」を真剣に生きる

嫌われる勇気 第五夜「いま、ここ」を真剣に生きる、をまとめました。

 

 過剰な自意識が、自分にブレーキをかける

・会議の時になかなか手を挙げられない。「こんな質問をしたら笑われるかもしれない」「的外れな意見だと馬鹿にされるかもしれない」いつも自意識が自分にブレーキをかけ、その一挙手一投足をがんじがらめに縛りつけている

 

自己肯定ではなく、自己受容

・ひとりであれば、誰もが王のように振る舞える。要するにこれも対人関係の文脈で考えるべき問題なのです。ただ人前でそれができないというだけのことですから。

・共同体感覚を持てば他者の前でも自分らしく振る舞える。そこで必要になってくるのが「自己受容」と「他者信頼」そして「他者貢献」の3つです。

・自己受容→仮にできないことがあったとしたら、その「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく、前に進んでいくことです。自らに嘘をつくものではありません。

・「肯定的なあきらめ」→変えられるものと変えられないものを見極める

・変えられないものを受け入れること。そして変えられるものについては変えていく「勇気」をもつこと。それが自己受容です 

 

信用と信頼はなにが違うか

・信用→条件付きのもの。銀行でお金を借りるときのようなもの

・信頼→他者を信じるにあたって、いっさいの条件をつけないこと

・信頼の対義語→「懐疑」。他者と関係を築くときに「懐疑」を持ち込めば一瞬で相手も見抜き良好な関係を築けない

・あなたはいま「誰かを無条件に信頼したところで、裏切られるだけだ」と思っている。しかし裏切るかどうか決めるのはあなたではありません。それは他者の課題です。あなたはただ「わたしがどうするか」だけ考えればいいのです。

・信頼することを怖れていたら、結局は誰とも深い関係を築くことができないのです

 

 

仕事の本質は他者への貢献 

・他者貢献→仲間である他者に対して、なんらかの働きかけをしていくこと。貢献しようとすること。それが他者貢献です。

・他者貢献とは「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそ、なされるものなのです。

・一生かかっても使い切れない大富豪が働く理由はなんでしょうか?それは他者貢献の為であり、ひいては「ここにいてもいいんだ」という所属感を確認するためなのです

 

 

若者は大人より前を向いて歩いている

・他者がわたしになにをしてくれるのかではなく、わたしが他者になにができるのかを考え、実践していきたいのです。

アドラー心理学を理解して、生き方まで変わるようになるには「それまで生きてきた年数の半分」が必要になると言われている。

 

 

ワーカホリックは人生の嘘

・対人関係において「攻撃」してくる人は「その人」に問題があるだけであって、決して「みんな」が悪いわけではない

・人生の調和を欠いた生き方→物事の一部分だけを見て全体を判断する生き方

・ワーカホリックもまた調和を欠いた生き方。本来は家事にも、子育てにも、あるいは友人との交友や趣味にも、すべてに感心を寄せるべきであって、どこかに突出した生き方などアドラーは認めません

 

 

人はいま、この瞬間から幸せになることができる

・幸福とは貢献感である。それが幸せの定義です。・承認欲求を通じて得られた貢献間には自由がない。われわれは自由を選びながら、なおかつ幸福を目指す存在なのです。

 

「特別な存在」でありたい人が進む、ふたつの道

・問題行動をとる子どもを例にとる

・多くの子どもたちは最初の段階では「特別によくあろう」とします。しかし特別によくあることがかなわなかった場合。例えばスポーツや勉強がうまくいかなくなった場合、今度は一転して「特別に悪くあろう」とする

・どちらも目的は同じです。他者の注目を集め、「普通」の状態から脱し、「特別な存在」になること。それだけを目的としている。 

 

普通であることの勇気

・普通を拒絶するあなたは、おそらく「普通であること」を「無能であること」と同義でとらえているのでしょう。普通であることは、無能なのではありません。わざわざ優越性を誇示する必要などないのです。

 

人生とは連続した刹那である

・人生を登山のように考えている人は、自らの生を「線」としてとらえています。この世に生を受けた瞬間からはじまった線が大小様々なカーブを描きながら頂点に達し、やがて死という終点を迎えるのだと。

アドラー心理学では線として捉えるのではなく、人生は点の連続なのだと考えてみてください。チョークで書かれた実線を拡大鏡で覗いてみると、線だと思っていたものが連続する小さな点であることが分かります。線のように映る生は点の連続であり、すなわち人生とは、連続する刹那なのです

 

 

ダンスするように生きる

・人生とは、いまこの瞬間をくるくるとダンスするように生きる、連続する刹那なのです。そしてふと周りを見渡したときに「こんなところまで来ていたのか」と気付かされる

・ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実していれば、それでいいのです。

 

「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てよ

・もしも「いま、ここ」に強烈なスポットライトを当てていたら、過去も未来も見えなくなるでしょう

・過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない

 

 

人生最大の嘘

・ただ、どこに到達したのかを線で見るのではなく、どう生きたか、その刹那を見ていくのです

・目標などなくてもいいのです。「いま、ここ」を真剣に生きること。それ自体がダンスなのです

・人生における最大の嘘、それは「いま、ここ」を生きないことです

 

 

無意味な人生に意味を与えよ

・人はなんのために生きるのか?ある人から、この質問を向けられたと、アドラーの答えは「一般的な人生に意味はない」というものでした。

・その後、こう続けています。「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と。

・あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きて構わない

 

 

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