書く力

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【嫌われる勇気】第四夜 世界の中心はどこにあるか

嫌われる勇気、第四夜 世界の中心はどこにあるかをまとめました。

 個人心理学と全体論

アドラーの名付けた「個人心理学」という名称は語源的に「分割できない」という意味を持っています。・アドラーは、精神と身体を分けて考えること、そして意識と無意識を分けて考えることなど、あらゆる二次元論的価値観に反対しました。・人間をこれ以上分割できない存在だととらえ、「全体としてのわたし」を考えることを「全体論」と呼びます。 

 

対人関係のゴールは「共同体感覚」

・対人関係のゴール→共同体感覚

・他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられることを、共同体感覚といいます。

アドラーは自らの述べる共同体について、家庭や学校、職場、地域社会だけでなく、たとえば国家や人類などを包括したすべてであり、時間軸において過去から未来までも含まれるし、さらには動植物や無生物までも含まれるとしています。

アドラー自身、自らの語る共同体について「到達できない理想」だと認めているくらいです。

アドラー心理学では「すべての悩みは、対人関係の悩みである」と考えます。それは幸福の源泉もまた対人関係という話しでもあります。

・社会の最小単位→「わたしとあなた」

・自己への執着→他者への関心に切り替えていく

 

 

なぜ「わたし」にしか関心がないのか

・分かりやすく「自己への執着」という言葉を、「自己中心的」と言い換えます。

・「課題の分離」ができておらず、承認欲求にとらわれている人もまた、きわめて自己中心的なのです

・承認欲求にとらわれている人は、他者を見ているようでいて、実際には自分のことしか見ていません。他者への関心を失い「わたし」にしか関心がない。すなわち自己中心的なのです。

 

 

あなたは世界の中心ではない

・自分の人生における主人公は「わたし」である。ここまでの認識に問題はありません。しかし「わたし」は、世界に中心に君臨しているのではない。「わたし」は人生の主人公でありながら、あくまで共同体の一員であり、全体の一部なのです。

・自己中心的な人たちにとっての他者とは、「わたしのためになにかをしてくれる人」でしかありません。みんなわたしのために動くべき存在であり、わたしの気持ちを最優先に考えるべきだと、半ば本気で思っています。

・所属感とはただそこにいるだけで得られるものではなく、共同体に対して自らが積極的にコミットすることによって得られる。

・「この人はわたしになにを与えてくれるのか」ではなく、「わたしはこの人になにを与えられるのか」を考えなければいけない。それが共同体へのコミットです。

・所属感とは、生まれながらに与えられるものではなく、自らの手で獲得していくものなのです

 

 

より大きな共同体の声をという聴け

・あなたが学生で「学校」という共同体を絶対視していたとします。つまり学校こそ全てであり、わたしは学校があるからこそ「わたし」なのだ、それ以外の「わたし」などありえないと。ここで学校という共同体の中でトラブルがあったとき、あなたはどこにも所属感を持てないことになります。そしてより小さな共同体、たとえば家庭のなかに逃げ込み、そこに引きこもったり、場合によっては家庭内暴力などに走る。

・ここで注目してほしいのは「もっと別の共同体があること」、特に「もっと大きな共同体があること」なのです。

・もしも学校に居場所がないのなら、学校の「外部」に別の居場所を見つければいい。転校するのもいいし、退学したってかまわない。退学届一枚で切れる共同体など、しょせんその程度のつながりでしかありません。

・われわれが対人関係のなか困難にぶつかったとき、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは「より大きな共同体の声を聴け」という原則です。

・関係が壊れることだけを怖れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

 

叱ってはいけない、ほめてもいけない

アドラー心理学では、子育てをはじめとする他者とのコミュニケーション全般について「ほめてはいけない」という立場をとります。

・ほめてはいけないし、叱ってもいけない。それがアドラー心理学の立場です。

・ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれています。

・他者をほめたり叱ったりするのは「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく背後にある目標は操作です。

アドラー心理学ではあらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱しています。

 

「勇気づけ」というアプローチ

・人はなぜ他者の課題に介入してしまうのか?その背後にあるのも、じつは縦の関係なのです。対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低くみているからこそ介入してしまう。介入によって相手を望ましい方向に導こうとする。自分は正しくて相手は間違ってると思い込んでいる。

・勇気づけというアプローチ→課題の分離をしたまま自力での解決を援助していきます。「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」というアプローチです。叱るでもほめるでもなく横の関係を形成したまま行う。

・人は、ほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していくからです。

 

 

自分には価値があると思えるために

・勇気づけのアプローチ→仕事を手伝ってくれたパートナーに「ありがとう」と、感謝の言葉を伝える、あるいは「うれしい」と素直な喜びを伝える。これが横の関係に基づく勇気づけのアプローチです。

・いちばん大切なのは、他者を「評価」しない、ということです。

・「ありがとう」は評価でななく、もっと純粋な感謝の言葉です。人は感謝の言葉を聞いたとき、自らが他者に貢献できたことを知ります。

・どうすれば人は、「勇気」を持つことができるのか?アドラーの見解はこうです。「人は、自分には価値があると思えたときにだけ、勇気を持てる」

・人は「わたしは共同体にとって有益なので」と思えたときにこそ、自らの価値を実感できる。これがアドラー心理学の答えになります。

 

 

ここに存在しているだけで、価値がある

・たしかに「行為」のレベルでみると寝たきりのご老人は周囲に世話をかけるだけで、なんの役にもたっていないように映るかもしれません。・そこで他者のことを「行為」レベルではなく、「存在」のレベルで見ていきましょう・存在のレベル→たとえ行為としてできることがなかろうと、生きているということそれだけで、ご家族の心を支え、役にたっている。・そんなもの偽善者のたわごとでしかありません。すべてキリスト教の語る「隣人愛」でしかない。いったい誰にそんなことができますか!→アドラーの答えはこうです。「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。」 

 

人は「わたし」を使い分けられない

・まずは他者との間に、ひとつでもいいから横の関係を築いていくこと。そこからスタートしましょう。

・誰かひとりでも縦の関係を築いているとしたら、あなたは自分でも気付かないうちに、あらゆる対人関係を「縦」でとらえているのです 

 

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