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書く力

やらなくていいことをするぐらいなら寝ていた方がいいんだもの。

【嫌われる勇気】第二夜 すべての悩みは人間関係

嫌われる勇気、第二夜 すべての悩みは人間関係をまとめました。

 なぜ自分のことが嫌いなのか

・短所ばかりが目についてしまうのは、あなたが「自分のことを好きにならないでおこう」と決心しているからです。・赤面症の少女→「赤面症が治ったらお付き合いしたい男性がいる」→彼女は赤面症を必要としている→彼女にとって一番避けたいことはその彼に振られてしまうこと→赤面症が治らなければ可能性の中で生きることができる。・他者から嫌われ、対人関係の中で傷つくことを過剰に怖れているからなのです。・アドラーはいいます。「悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない。」しかしそんなことはできないのです。

 

 すべての悩みは「対人関係の悩み」である

・孤独を感じるのにも他者を必要とする

・個人だけで完結する悩み、いわゆる内面の悩みなどというものは存在しません。どんな種類の悩みであれ、そこには必ず他者の影が介在します

 

 

劣等感は、主観的な思い込み

・われわれを苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく、「主観的な解釈」である

・主観にはひとつだけいいことがあります。それは自分の手で選択可能だということです 

 

言い訳としての劣等コンプレックス

・まず人は無力な存在としてこの世に生を受けます。そしてその無力な状態から脱したいと願う普遍的な欲求を持っています。アドラーはこれを「優越性の追求」と呼びました。

・劣等感→なんらかの理想や目標を掲げ、そこに向かって前進している。しかし理想に到達できない自分に対し、まるで劣っているかのような感覚を抱く

・劣等コンプレックス→自らの劣等感をある種の言い訳に使い始めた状態のことを指します。「わたしは学歴が低いから、成功できない」「わたしは器量が悪いから、結婚できない」など。

・「見かけの因果律」→本来はなんの因果関係もないところに、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明し納得させてしまう。 

 

自慢する人は、劣等感を感じている

・「AだからBできない」といっている人はAさえなければ、私は有能であり価値があるのだ、と暗示しているのです

・優越コンプレックス→あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸る。

・権威の力を借りて自らを大きく見せている人は。結局他者の価値観に生き、他者の人生を行きている。

・「もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにうぎないと」

・不幸自慢→不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点

において、人の上に立とうとします。自らの不幸を武器に、相手を支配しようとする

・「特別」であるための武器として不幸を使っている限りその人は永遠に不幸を必要とする 

 

人生は他者との競争ではない 

・優越性の追求とは自らの足を一歩前に踏み出す意思であって、他者よりも上を目指さんとする競争の意思ではありません。

・誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです

・健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、「理想の自分」との比較から生まれるのです

 

「お前の顔を気にしているのはお前だけ」

・対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができません。

・他者全般のことを、ひいては世界のことを「敵」だと見なすようになるのです

・他者の幸福を「わたしの負け」であるかのように捉えているから、祝福できないのです

・「人々は私の仲間なのだ」と実感できていれば世界の見え方はまったく違ったものになります。

 

 

権力争いから復讐へ

・もしも面罵されたなら、その人の隠し持つ「目的」を考えるのです。直接的な面罵にかぎらず、相手の言動によって本気で腹が立ったときには、相手が「権力争い」を挑んできていると考えてください。

・相手は権力争いに勝つことによって、自らの力を証明したいのです

・争いに敗れた相手は、次の段階に突入します。「復讐」の段階です

・権力争いを挑まれたときにぜったいに乗ってはならないのです

 

 

非を認めることは「負けじゃない」

・怒っていけない、ではなく「怒りという道具に頼る必要がない」のです

・人は対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れているのです

・そもそも主張の正しさは、勝ち負けとは関係ありません。あなたが正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結するべき話しです。

・誤りを認めること、謝罪の言葉を述べること。権力争いから降りること、これらはいずれも「負け」ではありません。

 

 

直面する「人生のタスク」をどう乗り越えるか

・どうしてあんたが他者を「敵」だと見なし。「仲間」だと思えないのか。それは勇気をくじかれたあなたが「人生のタスク」から逃げているからです。

アドラー心理学では、人間の行動面と心理面のあり方について、かなりはっきりとした目標を掲げています。

・行動面の目標は「自立すること」「社会と調和して暮らせること」そしてこの行動を支える心理面の目標が「わたしには能力があるという意識。」それから「人々は私の仲間である」という意識です。

・そしてこれらの目標は、アドラーのいう「人生のタスク」と向き合うことで達成できるのです

・「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」の3つに分けまとめて「人生のタスク」と呼びました

・ひとりの個人が、社会的な存在として生きていこうとするとき、直面せざるを得ない対人関係。それが人生のタスクです。

・仕事のタスク→原則的に一人で完結する仕事はない。そして、この段階の対人関係でつまずいてしまったのが、ニートや引きこもりと呼ばれる人たちです。

 

 

 赤い糸と頑強な鎖

・友達や知り合いの数はには、なんの価値もありません。考えるべきは関係の距離と深さなのです。

アドラー心理学ろは、他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です

・愛のタスク→ひとつは恋愛関係、もうひとつが家族との関係、とくに親子関係になります

・愛のタスクがもっとも難しいでしょう。

・一緒にいて、どこか息苦しさを感じたり、緊張を強いられるような関係は、恋でもあはあっても愛とは呼べない。人は「この人と一緒にいると、とても銃ぬ振る舞える」と思えたとき、愛を実感することができます。劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏な、きわめて自然な状態でいられる。ほうんとうの愛とは、そういうことです。

・束縛とは、相手を支配せんとする心の表れであり、不信感に基づく考えでもあります。

・対人関係については逃げてはならない、ということです。どれほど困難に思える関係であっても、向き合うことを回避し、先延ばしにしてはいけません。いちばんいけないのは「このまま」の状態で立ち止まることです

 

「人生の嘘」から目を逸らすな 

・Aさんの欠点がが許せないから嫌っているわけではありません。あなたには「Aさんにことを嫌いになる」という目的が先にあってその」目的にかなった欠点をあとから見つけだしているのです。

・世界はいつでも危険なところになりうるし、あらゆる他者を「敵」とみなすことも可能なのです。

・さまざまま口実を設けて人生のタスクを回避しようとする自体を指して、「人生の嘘」と呼びました。

 

 

所有の心理学から使用の心理学へ 

 ・アドラー心理学は「所有の心理学」ではなく「使用の心理学」です。

・われわれ人間は、原因論的なトラウマに翻弄されるほど脆弱な存在ではありません。目的論の立場に立って、自らの人生を。自らのライフスタイルを、自分の手で選ぶのです。われわれには、その力があります。 

 

 

 

 

 

 

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